相手を正当に評価するためには、こちらにも度量が必要だった。 どうせこの程度のものだろうと思ってしまうのは、 相手に対する敬意が足りないだけでなく、 自分の持つ敬意の総量が小さい証拠だと思う。 (宮下奈都さん「田舎の紳士服店のモデルの妻」より)
相手を正当に評価するためには、こちらにも度量が必要だった。 どうせこの程度のものだろうと思ってしまうのは、 相手に対する敬意が足りないだけでなく、 自分の持つ敬意の総量が小さい証拠だと思う。
(宮下奈都さん「田舎の紳士服店のモデルの妻」より)
毎回、読んだ本からの引用で恐縮ですが 日々の運送業務・人間関係に照らし響くものが有りました。
社外において自分はきちんと皆さんに敬意を払えているだろうか? 社内において自分はきちんと皆さんに敬意を払えているだろうか?
勿論、一応問題なく業務が行われている以上、型通りのことは出来ているに違いないと思います。 しかし本当にそれは十分かと自問すると不足があるように思えます。
荷主様への挨拶に込めた気持ちは十分だったのだろうか お客様からのお問い合わせにお答えした内容は、お客様に十分満足して頂けただろうか 社員の皆さんへの指導にきちんと「あなたに伝えたい」という熱意はこもっただろうか 毎朝発する「おはようございます」は単なる「音」になっていないだろうか
気を抜かずに生きていくのは大変なことだと思います。 しかし気を抜いていい相手というのがあっていい訳がありません。
自分の狭量をさらけ出すようで恥ずかしいのですが 会社の代表電話によく「コピー機の・・」とか「御社でお使いの携帯電話を・・」など いわゆる営業のお電話がかかってきます。 実は、私は最初の二言三言を聞いて「これはいらない電話」と判断し つれない態度で応対している自分に気づく事が有ります。 これを引用した文章に照らせば、「相手への敬意が足らず」「自分の度量が足りない」となります。 恥ずかしい。
つれなく断わらず、敬意を以って伺ってからお断りしてもそう時間に違いはないでしょう。 まして会社の代表電話を受ける身で、そんな恥ずかしい対応など許されるはずもありません。 思い込みを捨て、ものごと一つずつに敬意を払い対峙しようと学びました。 相手を貶めることは自分を貶めること。 お客様・仲間に敬意を払い、清々しい業務を全う致します。
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我々「天下一天晴」は、社内にて声を掛け合い切磋琢磨し、 お世話になっている荷主様のご期待に応えられるよう努力致します。 運送のプロである我々は、ひとときも気を抜くこと無く ひたむきで真剣な配送を実現致します。 どうぞ今後共、天下一天晴を宜しくお願い申し上げます。